第三十四話 また遣って来るあの日 2005

この処 国の自然環境は 確実に悪化の一途を
辿り始めた様で 漁協によっては 声高な権利
主張に 50年後100年先の展望は感じられず
場当たり的な手法が行き交う 彼らによる主張の
根幹は河川の保全に尽き その手法までは余り
問題とはされない 魚さえ絶やさねば当事者間の
利権は守られるとの考えが この国の釣場事情
その行く末を損なっており 既に大なる釣堀化を
招いてしまった所も少無くない 今若い釣師達は
何を感じるのか 此処まで既成事実化が進むと
先行する 釣師一人々の経験良心に元ずいての
其々の伝達しか 本来の有るべき姿を伝え残す
術はもう無いのかもしれない・・・・・・。

同じ事を長い事続けて来ると 出会えた人の数も可也のもので 多様な価値観タイプの異なる人との交流が有った
醸し出す雰囲気に酔い 穏かに流れる時間を楽しみ結果二の次で肩から力の抜けた人や 漁果への思い入れが
事の他強く占有心を隠さない人  その昔大陸から渡来した狩猟民族と云われる日本人として 釣りとは食を得る
生業とすると 後者のそんな姿がよりこの国の民本来の姿に近いのかもしれない   静かに瞼を閉じると見えて
来るものは 当時其のまま若い笑顔で浮かび上がる彼等の姿 沢山の思い出を残し皆駆け抜けて行った・・・。

膵臓癌の進行により 思いがけず表舞台を去る事に成った釣友T氏 彼が逝って2005年8月 2度目の夏を迎える 
そのT氏との出会いは 今思い返すと極在り来たりで ある日出向いた仕事先での事だった 一人黙々と自らの
役割を消化する後姿は目を引き 後に見せる山野での寡黙な活躍を静かに表して居る 実は彼が其の仕事の
発注会社社長の娘婿と知るのはもう少し先の話で 其の時は ”ふん!遣る男だ” そんな程度の感想だった
今思い返しても どんな成り行きで何処の渓へと向ったのか 何故か其の場面がすっかり抜け落ち思い出せない
其の釣行で魚が釣れたのかさえも?   自営業者なら思い当たる若かった一時期 私は自らの事業安定へと
奔走 釣りに対して熱意が薄れ掛けていたのだが 彼に出会ってしまった! 当時彼以外にも多くの釣友が有り
覚醒され激しくなった私の動きは少なからずうねりを起し 巻き込んでは源流へ里川へとのめり込んで行く。
細身の彼は身が軽く粘り強い ともすれば能力限界線を越えたアタックを見せる 元来人が持つ能力7分までの
活動を必是とする私は 良くストップを掛け彼の不評を買うが しかし迷いの末の最終判断に異を唱える事無く
不満も口にする事は無かった   多人数の大パーティに膨れ上がろうとトップの位置で チームを引っ張る姿は
何時もの事で 彼の力量を計り最後尾でルート選択をする そんな構成が定着長い間続いて行く あらゆる場面
での詳細説明はいらなかったし 互いの思いは知り尽くしている 着地点は常に同じ位地を見据え 若さに任せて
何処までも突き進んだ   そんな彼が有る時期を境にヘラ鮒釣りにのめり込んで行く 切っ掛けは弾けたバブルに
よる休日増加で 其の過し方に同じ釣りを選んだものだったが 週末の度釣座で糸を垂れる彼の姿が其処に有った
どうやら寡黙に集中するその釣りが彼の性分に会ったのだろう そう言えば岩魚を狙わせたら 堪え性の無い私は
彼の粘りに敵わなかった ”まだ遣るのか!”  呆れるほどしぶとく 等々最後には大岩魚を引きずり出してしまい
笑顔を見せるのは彼だった 気難い男の筈なのに私には彼の笑顔しか思い出せない 立ちはだかるピンチを幾度も
2人で凌いで来た 互いに何度命を委ね会った事か 失ったものを嫌と云うほど思い知らされてしまう  ともすれば
人間自らの遣りたい事その成果が最優先され時に大切なものを置き忘れる 小さな達成感或は喜びより 傍らに
居て呉れる人間関係が何より先に有るべきで 人との出会いは二度と遣り直しは利かない 先の短い者なら尚更

彼が思い入れの強い 手造りの手網を抱いて
棺に収まるのを見下ろし ”何だ?何そんな処で
寝てるんだよ おぃ早く起きろよ・・・・” 
同じ言葉を何度も繰り返しては 呑み込んでいく
遅れ駈け付けた釣友達の相手をしては 昔話で
其の姿を思い出し笑みさえ零れた そんな自分に
気付き 嗚呼俺は何て冷たい男なんだ 神妙に
していても 涙の1つさえ出やしない いったい
本当に悲しんでるのかと 自問自答が続く

彼を見送った其の日から 座標を見失った漂流者
のようにぼ〜っと数日過し ある日何の気負いも
無く 彼との最後の舞台と成った渓へと向かった
魚は程々に出て来るが 心は少しも弾まない?
感情の凹凸が失われたまま時が過ぎて 何時か
曰くつきの場所へ立ち 手にはあの魚があった
後日釣行記report<2003.8.31>後悔を胸に
纏め読み返すと 突然熱い物が溢れ 関を切った
思いはどうにも止まらなく成った 何故にあの日
彼の変化を気付いて遣れなかったのか・・・
こんな出来の悪い相棒を支えてくれ有り難う 残り少ない人生お前に代わる相方なんて もう出会う事など無いだろう
なにいずれ俺もそっちに行くし そん時ゃ叉一緒に釣り糸でも垂れてみよう。

彼の想い焦がれた渓では 今日もあの頃のままゆるりと流れ落ち 足元を漂う木の葉は 一体何処まで運ばれ
行くのか?  ヒュッ! 意識を有した仕掛けは 的確にポイントを捉える フッ! 僅かな目印のふけ  ザッ!
着衣の擦れ音を残し強い合わせ ギュ〜ン! ヒュ〜ッ! 糸鳴りの合唱の後竿はギシギシと悲鳴を上げ出した
彼の追い求めた野生は あの日と同じ様に踊り出す         ”おいまた来たぜ相棒”

                                                           oozeki